« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

2008/12/30

時間と別れるための50の方法(61)

 ●無時間の中へ

 人間型ゲシュタルトはつねに時間の中に根を張った思考を持っています。それは人間の意識というものがヌーソロジーがいうところの中和の場を生息地として現象化しているからです。中和における思考は全体より部分を、永遠より一瞬を、存在より存在者を、そして何より肯定より否定を先手に持つ性格を帯びています。何ものも存在しない「無」から一体いかにして「有」が生まれたのか。一瞬はどのように寄り集まって時間の流れを作るのか。個体はいかにして全一なるものと一体化できるのか。こうした問いかけは、すべて中和の名のもとの思考であり、このように「無」という否定的なものが先手を取った思考が生み出す問題はおそらく永遠に解決を見ることはありません。「無」とは存在の付帯質の異名だからです。

 中和の中に身を置いた思考は思考すら時間の産物と見てしまいがちです。137億年前にビッグバンが起こり、その後宇宙は膨張を続け星々を生み、やがて太陽系が生まれ、地球が生まれ、その地球上に今度は生命が生まれた。そして、その進化の先端に人間という種が存在しており、その種の中の一つの個体としての「わたし」が、こうして今、思考を働かせている。。。このような考え方はすべて歴史(時間)が自然を作ったという人間の思い込みの下に書かれた存在のシナリオです。時間に支配されたこの中和の思考を僕らはそろそろ逆転させる時期に来ているのではないでしょうか。すなわち、歴史が自然を生んだのではなく、自然が歴史を生んだのだと誰はばかることなく英断を下すこと。

 歴史の創造が自然の一部であるのならば、自然は当然のことながら歴史を消しさる能力をも具備しているということになってきます。無時間における自然。ただそこに在りてあるもの。何一つ理由を問われることもなく、ただ在りて在り続けているもの。人間の意識が自我の頑な自己同一性から解放されていくためには、歴史が去勢されたこの自然そのものを具体的にイメージすることが必要になってきます。

 無時間の中の星々とはなんなのでしょう。無時間の中の地球とは。そして、無時間の中の大地や海とは。こうした疑問に答えるためには無時間の素粒子や原子の在り方を直観する眼差しが必要となります。この眼差しによって初めて思考は物質に触れ、所産的自然における受動的な綜合者から能産的自然の中の能動者へと変容を遂げていくことになるのです。

 というところで、ヌーソロジーの公式サイト『ヌースアカデメイア』のコンテンツから「七の機械」に関するテキストとそのビデオクリップを紹介して、このシリーズの締めにしたいと思います。次元観察子ψ9以降の解説を目的とした次回シリーズ『4つの無意識機械(仮タイトル)』もどうぞお楽しみに。
 
 

——NC generator ver, 1.0 七の機械

“それ”は回る。“それ”は回り続けている――。
“それ”は人間が人間であるために必要とするもの――表象、言語、感情、思考、セックス、自我、国家、戦争、平和、テクノロジー、そして神――おおよそこれら諸々のものを生産し、供給し、配送し、消費するために、いまこの瞬間も、世界中のあらゆる場所で、人知れず回り続けている。

“それ”が作り出す回転の中で最小かつ最大のもの。
その謎めいた回転のことを哲学者たちは永劫回帰と呼んできた。永劫回帰において、世界は完成に導かれると同時に、その起源に立つ。
生成されるものの受容器であったものが、同時に生成されるものを創造する原動機へと変身する奇跡的な事件――。

永劫回帰としての“それ”は、ミクロとマクロ、自己と他者、過去と未来、男と女、生と死といったすべての二項対立を超克し、そのアンドロギュノス的聖域の中で、僕ら人間の営みのすべて支える実体となるべく、世界のありとあらゆる現象をジェネレートしてゆくことだろう。

NC generator、通称、七の機械。
それは“それ”が作り出す回転を私たちの居住するこの地平に出現させることを目的としてアセンブルされた理念的構築物(イデアル・アーキテクチャー)である。
 
 
 

NC generator ver,1.0」のビデオ
powered by @niftyビデオ共有

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008/12/28

時間と別れるための50の方法(60)

●NCと次元観察子ψ1~ψ8

 最後にヌーソロジーの原点であるNC(ヌースコンストラクション)と元止揚空間としての次元観察子ψ1~ψ8の対応関係を簡単にまとめておきます。このシリーズで次元観察子のイメージがある程度つかめてきた人には、ここでの説明がすんなりと頭の中に入ってくるのではないかと思います。

1、ψ1~ψ2(点球次元)
真ん中の小さな球体A、すなわち点球に当たります。点球とは人間の意識の方向性の対化が中和された状態を意味しています。人間の意識が生まれたときに物質概念を形作るところとして働きますが、モノを構成する球空間として表象されてくる部分という言い方が一番分かりやすいでしょう。点球は球精神の反映(付帯質)そのものです。人間の内面の意識にとっては自他相互における相互反転の差異が見えなくさせられているので、点球は単なる3次元球体としてしか把握されません。点球が作り出す観測者の視線軸に対する回転がψ3~ψ4レベルの球空間の半径(3次元ベクトル)へと接続します(下図1参照)。
 
60_1
 
2、ψ3~ψ4(垂子次元)
重なり合っているので分かりにくいかもしれませんが、真ん中の大きな球体Bの相互反転関係に当たります。一つのモノの外部性として表象されている空間の部分の相互反転性です。主体(持続)と客体(延長)の原型を作る最も基礎的な対化と言えます。ここで自他における人間の内面と外面がキアスムを形作っています。この空間は3次元座標の右手系と左手系を合わせたものに相当します。この反転関係を等化している回転が球体Bの視線軸に対する回転で、このときの回転軸がψ5とψ6の球空間の半径(それぞれヌルベクトルと時空ベクトルとして現れる)へと接続していくと考えられます(下図2参照)。
 
60_2
 
3、ψ5~ψ6(垂質次元)
左右の大きな球体CとDに当たります(球体Cと球体Dは相互反転関係にあります)。ここで次元観察子ψ3~ψ4の垂子次元である球体Bはψ5~ψ6である垂質次元においては、面点変換によって、球体C(もしくはD)上の一点と見なされていると考えるといいでしょう。当然のことながら今度は球体C(もしくはD)の視線軸に対する回転が次のψ7~ψ8レベルの半径であるスピノールへと接続していると考えられます(下図3参照)。この二つの球空間は個体における持続と延長の場そのものとなります。
 
60_3
 
4、ψ7~ψ8(球精神次元)
球体Eに当たります。図の上の表示としては、ψ3〜ψ4を意味する球体Bと同じものに見えますが、この球面上の対蹠点すべてに様々な観測者が位置しているという意味で全く次元の違う球空間なっています。この球体Eは多様体としての3次元球面S^3を形成しています。ψ5~ψ6の球空間をそのまま中心となっている無限遠点にまで縮め、その無限遠点によって形成される球面がψ7~ψ8の球空間上の球面になっていると考えれば分かり易いでしょう。結果的にこの球体をψ1~ψ2を意味した球体Aのところまで凝縮化させれば、球精神の対化としてのψ7-8が持ったカタチとなります。モノの場所性において人間の精神と付帯質が重畳している様子がはっきりと見て取れるのではないかと思います(下図4参照)。
 
60_4
 
 ヌーソロジーの文脈では、変換人と呼ばれる存在はこれら次元観察子ψ1~ψ8のカタチをベースにして、それに続く以下のような観察子領域を顕在化させていくことになります。

ψ9~ψ10(思形と感性)
人間の内面の意識(象徴界)と外面の意識(想像界)

ψ11~ψ12(定質と性質)
人間の個体化を確立させていく次元(物質性と精神性の分断ならびにそれらの交接)

ψ13~ψ14(顕在化)
人間からヒトへの進化プロセス

 ここでいう「顕在化」とは、これまでの人間の意識の在り方を方向づけていた無意識の構造を人間の意識自体が空間構造体として知性上に見い出していくといったような意味です。顕在化はミクロ/マクロ、内部/外部、主客、自他概念等すべての二項対立を解除する力を持っています。そして、タカヒマラという精神構造体には、この顕在化した次元観察子群が凝縮化を起こすことによって、次の次元(他者側の次元であるψ*側)の元止揚空間を形作る力となっていくような仕組みが存在しています。この遷移が正確な意味での「次元の交替化」となります。

ψ7~ψ8 ………→ ψ*1~ψ*2へ凝縮化
ψ9~ψ10 ………→ ψ*3~ψ*4へ凝縮化
ψ11~ψ12 ………→ ψ*5~ψ*6へ凝縮化
ψ13~ψ14 ………→ ψ*7~ψ*8へ凝縮化

 こうして、4つの段階を通して次元観察子のψ13~ψ14までが顕在化してくることによって、これらの幾何学的概念(カタチ)が他者側の次元の元止揚構造に接続し、人間の意識はヒトの意識次元へと遷移していくことになります。つまり、ヒトの意識へ進化するということの実質的意味は他者側の元止揚空間ψ*7〜ψ*8を支える存在へと進化するという意味であり、結果的にこのことは凝縮化を考えれば自身のψ1〜ψ2の内部を支える存在となるということを意味します。つまり、人間の意識がモノ自体へと変容していくということです。約60回に渡ったこのシリーズは、特にその第一段階である次元観察子ψ7~ψ8までの顕在化、および、そのψ*1~ψ*2への凝縮化までのプロセスについて、その描像の仕方に的を絞って説明を試みてきたことになります。――つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/22

ありがとうございました。

つい、さきほど羽田発の最終便で博多に戻ってきました。
20日のイベントに足を運んで頂いた方々に改めてお礼申し上げます。
あと、高橋さん、主催者のDorisさん、ナビゲーター役の辻麻里子さんにもこの場を借りて、感謝の意を表したいと思います。

蜜蝋のろうそくの灯火のもと、
仄暗い空間の中で、
あっという間の3時間でした。
参加していただいた皆さんの眼差しもとても柔らかく、
会場全体が、何だか胎児を包み込んだ胞衣(えな)のように感じました。

話の内容はもっとディープにやった方がよかったのかな。という反省も少し。。
何はともあれ、いい聖夜が迎えられそうです。
どうも、ありがとうございました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/12/19

時間と別れるための50の方法(59)

●霊(ひ)足りて、身着る場所へ

 とりあえずこれで人間の存在論的な意味での無意識構造の母胎となる元止揚空間(次元観察子ψ7~ψ8)の描像に関する説明は終わりになりますが、最後にこの元止揚空間の次の段階となる次元観察子ψ9~ψ10について、予告編の意味も含めて少し書き記しておきます。

 1、対化の交差について

 前回、ケイブコンパスで示した次元観察子ψ7~ψ8、ψ*7~ψ*8という双対的な構成のことを「元止揚の対化」と言います。早い話、これは自己側から見た人間の外面と内面(内在と外在の場所性)の総体と他者側から見たそれとの相互反転関係のことです。自他を構成する空間の間にこうした高次元の捻れ(4次元の捻れに相当します)が存在していることにより、精神は等化というその特性を用いてさらなる高次の差異を回転によって生産し、そこに「志向性(ノエシス)」という力の流動性を作り出すことが可能になってきます。
 元止揚の対化(ψ7~ψ8、ψ*7~ψ*8)は、それこそ対極図にある「陰の中の陽、陽の中の陰」の関係のように、互いに互いの構造を反照させ合い、そこに複合的な構造をもたらしてきますが、こうした段階に元止揚が入ることをヌーソロジーでは「対化の交差(たいかのこうさ)」と言います。自他における人間の精神と付帯質という二組の対化が互いに交差を起こすということです。自己側から見た対化の交差の状態をケイブコンパスで示すと、おおよそ下図1のようになります。
 
59_1
 
 この図1からも分かるように、対化の交差が作り出す方向性には基本的に二通りの流れが存在しています。一つは精神=ψ7が付帯質=ψ8を交差する方向性、もう一つは付帯質=ψ8が精神=ψ7を交差する方向性です。図からも分かるように、この二つの方向性は、互いの対化(精神と付帯質)の存在によって方向づけられているものであり、例えば、次元観察子ψ7のψ8への交差は裏で次元観察子ψ*7という片割れの精神が作用していることが原因となっていると考えて下さい。

 この二通りの交差の部分の働きに対応するのが次元観察子ψ9とψ10で、ヌーソロジーではこれら両者をそれぞれ「人間の意識における思形(しけい)」と「人間の意識における感性(かんせい)」と呼びます。ここでわざわざ「人間の意識における」という形容句がついているのは、タカヒマラ自体には「ヒトの意識における思形と感性」や「真実の人間の意識における思形と感性」といったより上次元の思形や感性という働きが存在させられているからですが、それらについてはいずれまた詳しく説明していきますが、当面は、思形と感性という言葉が出てきたら、この次元観察子ψ9とψ10のことと考えて結構です。

 2、思形と感性

 思形と感性とは、簡単に言えば、外在を認識する意識と内在を認識する意識という言い方ができます。哲学の言葉で言えば、悟性と感性です。ベルクソン的に延長世界の認識と持続世界の認識と言い換えてもいいでしょう。思形は時空全体に首を突っ込んでいくことによって、時空を認識する力となっており、感性は精神に首を突っ込んでいくことによって、内在としての知覚や感情等を観察する力となっていると考えると分り易いかもしれません。

 これら次元観察子ψ9~ψ10が持つ空間構造としての特徴は、元止揚の対化として存在していた内面=外面*、外面=内面*という双対性による調和的な位相の捻れが、少なくとも表面的は反古にされてしまうような働きを持っているということです。ケイブコンパスが示す矢印の構成からも直観的に分かるように、ψ9~ψ10段階に入ると、外面としての力が今度は外面*の方向を指向するようになり、また、内面としての力が同じく内面*の方向を指向するようになります。これによって、元止揚の対化が持っていた4値的な関係は見えなくさせられ、結局のところ、外面=外面*、内面=内面*という等化が起こり、自他においての外面と内面が共に同じものとして見なされるような空間構造を作り出してくるのです。

 実際、わたしたちは自他の間においてモノの内部と外部の認識を共通なものとして相互了解しているはずです。モノの表面が単なる2次元の球面に見えているわけです。内部と外部の分節が起こっているわけですね。別の言い方をすれば、いわゆる内包空間として作用していた霊(たま=3次元球面)から、その一部がトポロジー的変換を受け、もの(3次元球体=点球)として顔を出してくるわけです。

 もちろん、この内部/外部といった二項対立の認識回路は元止揚空間の上位に上書きされ地層化されているだけであって、基盤となる元止揚空間が完全に破壊されてしまうわけではありませんが、ただ、表層部にψ9~ψ10が被ってくることによって、元止揚空間の働きは無意識的な意識の回路として抑圧を受けざるを得ません。
 細かい論証は新しく予定しているシリーズの『ケイブコンパス/4つの無意識機械』で書いていこうと思っていますが、この次元観察子ψ9~ψ10は、第56回の図2で示したように、ψ7~ψ8が自他の身体における「前-後」軸を中心とした空間認識の領域だとすれば、「左-右」軸へとその認識軸が回転を起こした世界と言うことができます。

 3、左右とは5次元の方向である

 これはやまと言葉風に言えば、「左(霊足り)」て「右(身着る)」世界への侵入とも言えます。「左」が霊足りて思形となった力が位置する方向で、「右」が身体を自我極として働かせるための感性が位置する方向です。左脳的な世界と右脳的世界と言った方が皆さんには分かり易いかもしれません。元止揚空間としてのψ7の力が確実化し、まさに霊が内包空間の中で充満に達するとき、4次元における個々の観察軸は前-後(自-他)を等化し、左-右方向へとその軸を遷移させ、今度はそこから全く別種の意識的な位相で世界を観察する力を持つということです。ここでいう、前-後、左-右とは、前にも言ったように身体における絶対的な前-後と左-右、いや、もっと言えば、すべての人間の身体にとっての前-後、左-右という方向性のことだと考えて下さい。ですから、実際のところ、左-右方向から世界を実像として見ることができる者など世界に一人も存在していません。これは実存的ではない第三者的な視線が人間の意識に発現してくることを意味しています。こうした第三者とはすなわち「客」のことですから、自己でも他者でもない客観者としての視線が客体を構成するためにここに登場してくることになります。この視線の在り処がヌーソロジーが説く5次元空間です(感性は5次元時空という言い方ができます)。

 「直交性は観察を意味する」というヌーソロジーの鉄則からすれば、観察軸のこの左右方向への90度回転によって、精神は前-後軸が作り出していた場所の観察を可能にしているということになります。すなわち、奥行きを幅と同じもののようにして感覚化させている視線です。皆さんの意識の中にもこの左-右軸からの観察力が必ず働いているはずですから、それらが意識において何を行っているのか、その生態をより詳しく調べてみるといいでしょう。この視線は単に奥行きだけではなく、モノ概念や言語、さらには鏡像的自我といった人間の意識を構成するための様々な要素を構成させてくることになります。対化の交差とは言うなれば、人間の意識における内在的なものと超越的なものを結ぶ架橋となるものなのです。――つづく

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008/12/17

木偶の坊としての身体

 朝起きるとわたしは石像と化していた。
 腰を曲げることはおろか、寝返りさえ打てない。
 ぎっくり腰である。
 二人Hを満喫するわけでもなく、一人Hに耽溺したわけでもなく、
 ただただ無為としてのぎっくり腰。
 なんでやねん?

 コ : ぎっくり腰とは何ですか?
 オ : 止核精神の反映です。。

 んなわけないやろ!!
 
 20日には東京へ発たなくてはならないので、
 用心をとって、このまま安静を保つことに
 プログの更新をお待ちの皆様は暫し待機されたし。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/12/12

時間と別れるための50の方法(58)

 ●ケイブコンパスと元止揚空間

 さて、ヌーソロジーが用いる次元観察子という耳慣れない概念について、その第一番目から第八番目に当たるものまでを解説してきましたが、とりあえずここでまとめの意味でも、今まで説明してきた次元観察子ψ1~ψ8の概念をケイブコンパス上で整理して配置しておきたいと思います。
 
58_1_2
 
 「ケイブコンパス」というのは『シリウス革命』で紹介した「プレアデスプレート」という人間の意識次元の構造を表したモデルの改訂版のようなものです。「プレアデスプレート」は人間の意識発達を観察子の序数に沿って順序づけた円環モデルだったのですが、このモデルでは観察子相互の有機的な連結がうまく表せませんでした。どうしたものかと煮え切らない気分でいたときに、2001年になってドゥルーズ・ガタリの『アンチオイディプス』『千のプラトー』という二冊の書物と出会い、「プレアデスプレート」は一気に「ケイブコンパス」へと生まれ変わりました。あのときのコンバージェンスは強烈でした。四方八方に飛散していたヌーソロジーの世界イメージがドゥルーズ・ガタリの思想線に吸い付けられるようにことごとく一致していったからです。この「ケイブコンパス」のモデルが出来上がって、ヌーソロジーは単にオカルティックな知識だけではなく、現代思想の潮流とも接続が容易になったと言えます。

 「ケイブコンパス」とは、言ってみれば無意識構造の海(人間の外面の意識の総体領域)を航海していくための羅針盤のようなものです。ヌーソロジーはこのケイブコンパスによって、フロイトから発した無意識研究の成果として著されてきた様々な諸理論、例えば、ピアジェやエリクソンが示した発達心理学や、ラカンの示した精神分析、さらにはユング派のノイマンが示した人類の歴史的な集合無意識の発達構造の仕組み等を、単に観念的なモデルではなく、今まで皆さんに解説してきた次元観察子ψ7〜ψ8を土台とした次元観察子ψ9〜ψ10、ψ11〜ψ12の空間構造の流れの中にマッピングしていくことになります。

 ケイブコンパスが誘導していく無意識構造の世界は、最終的に元素番号1番と2番の水素-ヘリウム構造とシンクロしてきます。にわかには信じ難いかもしれませんが、これは人間の意識-無意識構造が実のところ、水素-ヘリウム構造の中で律動させられていたということを意味しています。今になって思えば、交信初期にOCOTがなぜ太陽の核融合の話にあれだけこだわっていたのかが分る気もします。

「では、あなたは太陽の本質について何か完全な解答をお持ちだというのですか。」
「完全とは申しませんが、プレアデス的統制より本質を捕らえているのではないかと思います。」
「なるほど、では、その本質について聞かせてほしいものです。」

 わたしは科学を馬鹿にされたような気がして、やや挑戦的な口調になった。

 「太陽とは、オリオンからプレアデスへと向かう意識の流動を、逆方向へと向かわせる力の総体が、人間の意識に現れている部分です。人間が進化の方向へ意識の反転を行うための鏡のような役目を持っています。オリオンが持った無限力の下次元的射影という表現もできますね。」

 意識の反転のためのカガミ………………? あまりに抽象的で難解な表現だった。

『2013 : 人類が神を見る日/アドバンストエディション 』p.41

 このケイブコンパスが露にしていく世界は、密教的に言えば、以前もご紹介したように胎蔵界曼荼羅に描かれた世界のことであり、カバラで言うならば、アッシャー界におけるマルクト(地球)-イエソド(月)--ネツァク(金星)-ホド(水星)-ティファレト(太陽)までの働きを含んだものと言えるのではないかと思います。

 ケイブコンパスの全体性は、人間の無意識を構成するψ1~ψ14、ψ*1~ψ*14という合計28個の次元観察子の配置関係から構成されています。人間の外面側であるミクロ空間側ではこれらは素粒子構造の全体性を表しており、一方の人間の内面側であるマクロ空間側では「28」という数からも想像されるように、地球-月間を支配する28日の月の自転、公転周期に反映されてくることになります。まだ漠としたイメージでしかありませんが、ヌーソロジーでは素粒子空間と地球-月空間は7次元球面の表裏、同様に原子空間と大陽系空間もより高次の空間における同じ構造体の表裏関係として把握されてくるのではないかと予想しています。人間の内面の意識ではミクロとマクロが等化できていないので、「小さなものが大きなものを作る」という機械主義、還元主義的な世界観に入り込んでいますが、4次元に始まる高次元知覚能力が生まれてくれば、ミクロ世界とマクロ世界は同一のものの正反方向における射影のように見えてくるのではないかということです。

 このシリーズで詳しくご紹介してきた次元観察子ψ1~ψ8は、こうした新しい宇宙ビジョンを描像化していく上で最も基礎となるプラットフォームとなっており、この基礎の部分をヌーソロジーでは「元止揚空間(げんしようくうかん)」と呼んでいます。「元止揚」という言葉の由来は、この空間領域が、前次元の人間の意識進化が作り上げたヒトの精神の力によって止揚されてきたものだと考えているところにあります。つまり、どうも旧次元の人間の意識進化の集大成がこの次元の人間の意識を支えるための土台として押し上げられてきているようなのです。

 ヒトの精神と付帯質とは、観察子で言えば大系観察子Ω7とΩ8に当たるもので、これは人間の意識の覚醒において生起する次元観察子ψ1〜ψ14の顕在化が作り出していきます。その意味で次元観察子の顕在化を進めて行くトランスフォーマーとは、ヒトの精神の構築に着手する者という言い方ができるかもしれません。ケイブコンパス全体の構造を意識が知覚できたときに、トランスフォーマーはヒトの意識へと進化を果たすことになるのでしょう。ヌーソロジーが目指すとりあえずのゴールです。

人間の意識におけるψ7〜ψ8=Ω1〜Ω2………終了済み
人間の意識におけるψ9~ψ10=Ω3〜Ω4………終了済み
人間の意識におけるψ11~ψ12=Ω5〜Ω6………2012年に終了予定
人間の意識におけるψ13~ψ14(顕在化)=Ω7〜Ω8………2013年より突入予定

 こうして作り出されたヒトの精神と付帯質である大系観察子のΩ7〜Ω8が、今度は、次の次元の人間の元止揚であるψ*7〜ψ*8を作り出し、次の次元の人間の意識はこのψ*7〜ψ*8を土台にして再び、ψ*9~ψ*10、ψ*11~ψ*12というように、胎蔵界曼荼羅の世界を経験していくことになるということです。『シリウス革命』で書いた宇宙的輪廻の具体的な仕組みがここにはあります。

 この元止揚のシステムは、このシリーズの第56回目に紹介した「凝縮化」という作用によってもたらされてきます。凝縮化は次元観察子ψ、大系観察子Ω、脈性観察子φというタカヒマラを構成するすべての観察子の律動に一貫して貫かれている法則性です。この凝縮化は凝縮化に凝縮化を多重に重ね合わせていくことによって、最終的にはタカヒマラのすべてがψ1~ψ2領域に入り込んでくるような仕組みになっています。つまり、タカヒマラに凝縮化の仕組みが存在しているからこそ、タカヒマラで律動するすべての高次元精神の活動はモノ(ψ1~ψ2領域)の中にその影を作り出すことができているわけです。そして、その最たるものが、言うまでもなく、人間の肉体です。

 ヒトへの道のりはまだまだ長いです。ゆっくり行きましょう。ちなみにヌーソロジーのシンポルナンバーである「2013」とは、位置の変換(顕在化)が始まる年です。手前味噌になりますが、現在ヌーソロジーが行なっていることが、多くの人に認知され始めるということかな?いや、そうした動きはヌーソロジーのみならず、世界の様々なところで起こってきていますから、霊性奪回の動きが社会的な潮流となり始めることを言うのでしょう。ヌーソロジー的に言えば、2012年で人間の意識は次元観察子ψ11~ψ12の段階が生み出してきた近代合理主義、科学主義、個人主義、さらには資本主義に終止符を打って、ψ13〜ψ14という位置の変換のステージへと突入していくことになります。OCOT情報をまともに受け取るならば、このステージは実は驚くほど短いんですね。たった24年で終了するようです。というのも、位置の変換の時期においては、どうも1年と次元観察子の1単位が同期するような仕組みがあるようで。。。ということは、2013+24=2037ですから、西暦2037年には位置の変換が完全化し、新しい人間の精神が元止揚として誕生してくるということになるのでしょうか。もし、アセンションというものが劇的な自然現象の変化として現れるというのならば、この2037年の方が本命かもしれません。「入神」です。人間の意識がヒトの精神に入ること。そのとき存在世界全体が反転を起こすことになります。ほんまかいな(笑)――つづく

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008/12/09

時間と別れるための50の方法(57)

●止核と核散について………トランスフォーマー型ゲシュタルトが持つ意義

 正六面体と正八面体の4つの階層によって構造化されたプラトン座標の機構。これは次元観察子の骨組みと言っていいものに当たりますが、ここで見ていただきたいのは、正八面体における3本の立体対角線と正六面体における4本の立体対角線の関係です(下図1)。
 
57_1
 
 これらの立体対角線の長さは正八面体を1とすると正六面体は√3です。正八面体と正六面体が持っているこの立体対角線の数「3」と「4」の関係は、神秘学の系譜が「3」と「4」を宇宙の成り立ちの根本的要素と見るのと同じで、ヌーソロジーの観点から見てもとても奥深いものを感じさせます。つまり、観察子のシステムというのは、ユークリッド次元でいうとそれこそn次元(n→∞)に向かって限りなく続いていくのですが、しかし、「数が1から4までしか存在しない」のと同じ理由で、空間も実は3次元的な観念と4次元的な観念がベースとなって、5次元以上の空間というのは、実は、3次元的なものと4次元的なものの反復による多重化によって構造化されているにすぎないということなのです。

 そのように考えた場合、プラトン立体というのは確かに「立体」という名が冠せられてはいるのですが、実は、通常考えられているような3次元ユークリッド空間内の立体的な表象として捉えられるべき形状ではなく、空間の根底にセットされた本源的な観念の機構のようなものではないかと考えられます。

 そのような理由からかどうかは分りませんが、OCOTは、この正八面体のことを「核(かく)」、正六面体のことを「核散(かくさん)」と呼び、次元構成をコントロールしていくための調整質と見なしているようです。核とは文字通り、意識の働きの中核を意味する言葉で、核散はその中核を解体させることを意味します。

 プラトン座標ではこの正八面体と正六面体が三重構造をもって構成されているわけですが、この「核」と「核散」が持った働きの三重性は、スピリチュアルな数字遊びが好きな方には「6・6・6」と「7・7・7」と言った方がピンとくるのかもしれません。ここでの「6」は正八面体が持った方向性の数(±x、±y、±z)を意味し、これが三重構造をとっている「6・6・6」では、次元観察子のシステムは観察子の連結の要となっている4次元性を見失い、各々の観察子階層の差異が見えなくさせられてしまいます。このとき「核」は「止核」していると言い、特に次元観察子ψ1~ψ2での止核力は「スマル(核質化した不連続質の意)」と呼ばれます。これはいわゆるモノの自己同一性を作り出している力のことです。物質概念のことですね。

 一方、ここでいう「7」とは、観察子の差異を見出す√3エッジとしての4次元性のことです。この「7・7・7」の方では核散ルートの方向性が開かれ、「核」は「6・6・6」の差異を見せてくると同時に、解体を余儀なくされていきます。そして、言うまでもなく、この「核」から「核散」への接続は、現在ヌーソロジーが行なっている「人間型ゲシュタルト」から「トランスフォーマー型ゲシュタルト」への移設作業のことを意味しています。ちなみに、この場合の「8・8・8」とは、「7・7・7」の付帯質として存在させられている時間の働きに相当していると言えるでしょう。

 意識が「核質」に止められ「止核」して働いてる状態が『シリウス革命』でも紹介した「調整期」に当たり、核散に入っている状態が「覚醒期」に相当します。覚醒期においては、タカヒマラにおける止核作用が解除されて核散が生起し、中和作用(付帯質の働き)が等化作用(新しい精神の働き)へと変換されていくことになります。

 ここで、プラトン座標の正六面体と正八面体に双対の正四面体を書き加え、拡散方向である4次元から垂直に見下ろしてみることにしましょう。すると下図2のような次元観察子のパースベクティブ(透視図)が目の前の空間に出現してきます。ヘクサグラムの多重構造です。この図形はヌーソロジーではシリウス次元を象徴する形の意味を持ちます。つまり、付帯質(人間の状態)を精神(ヒト)へと反転させていく次元です。付帯質が六茫星でそこに直立する軸が精神だと考えておいて下さい。
 
57_2
 
 コ : ヘクサグラムとは何ですか?

 オ : 中性質があるということです。意識が通る道のようなもの。(シリウスファイル)

 「意識が通る道」というのはヌース(旋回的知性)のルートと同じ意味を持ちます。この道は視線を軸とする回転によって螺旋状に運動しながら観察子の次元を上昇させていくことになります。もちろん、その反映としてのノスも逆方向に交差しながら通過していきます。六茫星(ヘクサグラム)はシリウスの象徴です。次元上昇へのゲートがパックリと開かれている状態と考えて下さい。楽園への扉がやっと開いたということでしょう。この中性質についてはまだ解読が不十分なので、ここでは説明できません。解読が深まったら、いずれ、DNA構造について語るときに詳しく解説していきます。

――つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

収録終了!!

今日の午後、東京、半蔵門にあるFM東京のスタジオで収録を終え、さきほど最終便で福岡に帰ってきました。

予想通り、2012年とは何かについてパーソナリティーの方からいろいろと質問を受けるという形で話は進みました。
ヌーソロジーの話はほとんどできなかったなぁ。。残念。
ディレクターのUさんという方が、OCOT情報にかなり興味を持っている様子だったので、「何かあったら、また呼んで下さい」と声をかけておきました。

ちなみに通常はこの番組、ライブだそうです。
半田広宣を呼ぶに当たってスタッフミーティングを開き、
「半田さんは何を言うか分からないから、一応、安全策をとって、録音で行こう」ということになったそうです。

こんなに健全なのにねぇ〜。ぶつぶつ。。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/12/06

ラジオ出演

ひょんなことからラジオ番組出演の依頼が舞い込んできました。
FM東京の「Daily Planet」という番組で、
毎週月曜日〜木曜日 20: 00〜21: 30の放送です。
出演日は今のところ水曜日(10日)と木曜日(11日)の予定です。

テーマは「2012年問題」。

おそらく、ジャーナリスティックな視点からの話を要求されると思いますが、
ヌース脳のわたしが果たして無難にこなせるのかどうか。。。

最近は陰謀論なども交じって、2012年問題がカオス状態に陥っているので、
ここは一発、喝を入れてこようと思ってます。
でもあまり難しいことは喋れないな。。。
お行儀よく、過激にやってくるつもりです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008/12/04

時間と別れるための50の方法(56)

●凝縮化について

前回からのつづき――

『人神/アドバンストエディション』にも書きましたが、このプラトン座標が持った幾何学的構成はおそらく物理学が「テンソル」と呼んでいるものと深く関係しているかもしれません。その大まかな予想を簡単にまとめて挙げておきます。

1、次元観察子ψ1………0階のテンソル、すなわちスカラー。
2、次元観察子ψ3………1階のテンソル、すなわちベクトル。
3、次元観察子ψ5………1/2階のテンソル、すなわちスピノール。
4、次元観察子ψ7………スピノールのテンソル積、すなわち、スカラー+ベクトル。

 4番目に挙げた「スピノールのテンソル積」というのは、イメージで言えば、スピノールがグルグルとx、y、zの3軸で回転して生まれてくる球空間に対応してきますが、「プラトン座標」の規則で示したように、この球空間自体もやはりx軸、y軸の2軸回転で作り出すことが可能ですから、残るz軸方向の回転はψ7~ψ8の球空間よりもさらに上位の球空間の半径の形成へ向かう方向を作り出してくることが予想されます。次元観察子でいうと、この方向性は次元観察子ψ9~ψ10に方向性を持つところに対応すると考えると辻褄があってきます。というのも、物理学ではこの方向性は核子の電気的性質を決定する荷電スピンの方向、つまり電荷がプラス(陽子)かゼロ(中性子)かを決めている方向性とされているからです。ヌーソロジーでいう人間の意識における思形(外在意識)と感性(内在意識)の発露です(下図1のケイブコンパス表示を参照のこと)。ユークリッド次元で言えば、これは5次元の軸が立ち上がる方向となります。
 
56_1
 ここでの陽子・中性子の荷電スピンが何を意味しているかと言うと、次元観察子ψ3~ψ*3が電場のマイナスとプラスに対応していましたから、プラトン座標のシステムは第四階層の次元観察子ψ7~ψ8の球空間の形成にまで至ったところで他者側の第一階層の次元観察子ψ*1~ψ*2の球空間に3次元球面として重なり合い、アイソスピンが新たな方向を持つところで、続く次元観察子ψ*3~ψ*4の球空間へと方向を向けていくような交差を作り出しているということになります。

次元観察子ψ7とψ8にまで至ると、今度は反対側のψ*1〜ψ*2に入り込む——

 球精神次元=ψ7〜ψ8の点球次元=ψ*1とψ*2へのこのような入り込みをヌーソロジーでは「凝縮化」と呼び、特に、このとき次元観察子ψ7の球空間の第三軸が表相に対して果たしている役割のことを「表相の等化(ひょうそうのとうか)」と呼びます。
 
 「表相の等化」とは「表相における対化の等化」を簡略化した言い方です。これは次元観察子でいえば、ψ1とψ*1が互いに等化されることを意味しています。つまり、ψ7とψ8という相互反転関係にある3次元球面が互いに重なり合うことによって、内部=外部*、外部=内部*という捻れが相殺され、内部=内部*、外部=外部*という新たな関係性を形作ってしまうのです。これは自他における空間の相互反転性が無化されてしまうことと同意です。

 ψ7におけるψ1とψ*1の等化によって、ψ8側はその反映としてψ2とψ*2の同一化を送り出してきますが、球精神が無意識化している人間の内面の意識にとっては、自他の間に存在する3次元球面としての空間の捻れは全く見えておらず、モノの表面はただノッペラとした2次元の球面のようにしか捉えることができません。自他が持った4次元の相互反転性がそこでは中和され(スピノールのテンソル積が持ったスカラーの本質的意味)、そこに反映としての付帯質が生み落とされてしまうわけです。言うまでもなく、この反映が人間が持った「モノ」概念になります。

コ : 付帯質とは物質のことと考えてよいですか。

オ : はい、中和を持った無為質(むいしつ=それ自体では何もできないもの)のことです。物質という言い方が一番妥当でしょう。

 「表相の等化」とは「世界に対する観察の軸が〈前-後〉方向から〈左-右〉方向に遷移すること」と言っていいかもしれません。この左右は誰かの前-後に当たる方向ではなく、すべての人間にとっての左右という意味です。ここで、自己の表相と他者の表相の関係を[+1、-1]のような関係で捉え、それらを等化することができる客観という名の超越的な視座に意識が出るということです(下図2参照)。
 
 56_2
 
 実際に確かめてみればすぐに分ることですが、観察軸が〈左-右〉軸に移り、超越者的視点が意識に出現した時点で、本来、自他の対面的空間を支配していた前-後軸のキアスムは姿を隠し、奥行きは幅と何ら変わらない方向になってしまいます。モノの厚みが実際には目に見えないにもかかわらず視覚的に想像されてくるのも、この「表相の等化」によるものだと考えるといいでしょう。実存の所在としての奥行きがそこでは排除され、延長世界という外在空間の概念が作り出されてくるのです。僕らは、普段、4次元や5次元を謎めいた異次元の世界のように思い描いていますが、ヌーソロジーでは、このように4次元は身体における前-後方向、5次元とは身体における左-右方向を加えた「身体平面」というように、極めて身近な空間として浮かび上がってくることになります。

 「凝縮化」についても、もう少し捕捉しておきます。凝縮化をイメージするのに最も分りやすいのは、下図3のように4段階にわたって対称性を拡張させてきたプラトン座標全体を4次元のルートを通して、点球次元へそのまま射影することです。
 
56_3_2
 
 この射影によってψ7〜ψ8の球空間である相互反転した双対の3次元球面は3次元空間上の点(モノの次元)へそのまま映し込まれることになります。これは、本来、空間構造として存在させられている意識構造が3次元に物質として映し出されてくる仕組みそのものになっていると考えられます。陽子や中性子が人間の意識に粒子として描像されてしまうのも、この凝縮化がミクロ世界にダイレクトに作用しているからでしょう。この凝縮化を考慮して『人神/アドバンストエディション』で僕は次のように書きました。
 
 このψ1~ψ2の領域の本質は、実は、ここで説明したほど単純なものではないのだが、今の段階ではこのくらいの説明で終わらせておいた方が無難だ。この点については、この小論の最後に再度、触れようと思う。(『人神/アドバンストエディション』p.355)

 本の方では残念ながらページ数が限定されていたために、このψ1~ψ2=点球の領域の本質についての詳しい説明ができなかったのですが、つまり、観察子を見出していくための最初のスタートとなるψ1~ψ2の球空間を皆さんがイメージしたときには、すでにその上位でψ7~ψ8が働いているということなのです。このときψ7がψ1~ψ2の球空間の輪郭を縁取る力として現れ、周囲の空間がψ8となって現れます。意識における客観的球体という描像力です。このように、凝縮化の仕組みが見えてくると、僕らが普段慣れ親しんでいる3次元立体の形の基本とも言える球体の概念とは、主体の集合が寄り集まって生まれている人間の上位に存在している超個的な主体として見えてくることになります。この超個的主体というのが「ヒト」のことです。

コ : あなたがたがカタチと呼ぶものとは何なのですか?

オ : カタチとは見ているもののことです。人間の意識はカタチを見る方向に入ってしまっています。(シリウスファイル)

 皆さんも、今一度、目の前にリンゴでも置いてψ1~ψ2の球空間をイメージしてみるといいと思います。普通、それは球体と呼ばれ、対象が持っている属性とされています。しかし、その球体のイメージを裏で支えているのは、今までお話してきたように、他者の視線を自己が取り込むことによって初めて可能になっている形だということが分ります。目には見えませんが、S^3=3次元球面がその球体にピッタリと重なり合って存在させられているわけですね。このことは、言い換えれば、人間がモノの存在を認識するときには、それを「確認させている真の主体」としての球精神が上位で作用しているということになります。このことを物理学の言葉で言えば――時空のウラはSU(2)対称性がその本質として働いている――という言い方になるのでしょう。R・ペンローズの「ツイスター空間」や「スピンネットワーク」などもこの構造と深く関係しているのではないかと思われます。

 以上、ヌーソロジーのこれからの展開の醍醐味を満喫していく上でも、この「凝縮化」が意味する内容をしっかりと頭に入れておいていただければと思います。いずれ、この「凝縮化」の仕組みは、上位の次元観察子ψ9~ψ14のみならず、大系観察子Ω1~Ω14のすべての観察子のシステムを貫いて、表相次元に素粒子から原子、分子に至る多様な襞の重なりを提供してくることになってきます。もちろん、そのときの原子や分子はもう付帯質としての物質ではありません。僕らの意識の遥か上空で活動している高次元知性体たちの精神活動と呼んでいいものになってくるでしょう。シリウスやオリオンに居住する聖霊たちのことです。お楽しみに。——つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/12/01

時間と別れるための50の方法(55)

 ●プラトン座標について………次元観察子ψ1~ψ8の骨格構造

 これで次元観察子ψ1~ψ8までの描像についての解説は一応、終わります。今まで書いてきた内容がヌーソロジーでいう「トランスフォーマー型ゲシュタルト」の基礎的な知覚様式です。このゲシュタルト作りはヌーソロジーを単なる構造論に終始させないための重要な作業になります。「観察」子と名がついているように、今までご紹介してきた空間構造は人間の意識に内在と外在という二つの観念を付与するために用意された場の構造と言ってよいものです。ですから、これらの構造を単に図式的に理解してもあまり有意味なものとはなりません。というのも、「わたし」自身がこの構造そのものへと変身しなければ「観察」子にはなり得ないからです。慣れない描像に最初はかなり戸惑われるかもしれません。しかし、今までのテキストを参考にしながら根気強くトレースしていけば、ヌーソロジーが描く新しい世界観、人間観のエントランスが必ず見えてくることでしょう。

 さて、これら4つの「たま」のトポロジカルな規則性についても少しだけ触れておきます。現在、ヌースソロジーではこの規則性を「プラトン座標」と名付けていますが、これは次元観察子ψ1~ψ2、ψ3〜ψ4、ψ5〜ψ6、ψ7〜ψ8が作る4つの球空間の階層性が5つのプラトン立体(正四面体・正六面体・正八面体・正12面体・正20面体)の中の正六面体と正八面体が作る外接・内接関係に起源を持っているのではないかと考えているからです。プラトン座標とはこれら次元の差異を識別するための本源的な図形群のことをいい、次元観察子を構成するための幾何学的なイデアとも言っていいものです。

 まず、第一のたま「点球」としての球空間Aに内接する正八面体aを作ります。この正八面体における立体対角線(赤色で示した部分)が僕らがモノを3次元と見るときのx、y、z軸に当たります(下図1参照)。
 
551
 
 次にこの「点球」に外接する正六面体bとこのbに外接する球空間Bを作ります(下図2参照)。
 
552
 
 「正六面体bは正八面体aに外接する」という条件から、球空間Aをどんなに拡大しようとも球空間Bには決して到達できないことが分ります。この到達し得ない球空間B上の一点を球空間Aにとっての無限遠点として定義します。このときの球空間Bが次元観察子ψ3~ψ4としての「垂子」となります。

 観察子において点球次元と垂子次元の間にどのような差異が出てくるかというと、点球を覆っている球面が垂子次元においては点に変換されてしまうということです。これが今までの解説で何度か顔を出した「面点変換」の概念です。実際の認識において、この面点変換がどのように働いているかを調べてみましょう。

 まず、目の前にモノを起きます。そこにはモノの前姿、すなわち表相が見えています。表相はモノをある特定の角度から見た見え姿のことですから、これは点球の中心点Oと点球を覆う球面上の一点を結ぶ半径によって指定されているのが分ります。ここで表相方向をz方向とし、モノをグルグルと回転させてみましょう。モノの隠れていた部分が次々と表相に送り出されてきて、結果的にモノの全表相は点球におけるx、y、zの3軸のうち、x、yの2軸の回転があれば観測者はモノが持つすべての表相をその視線でなめることができます(下図3参照)。
 
553
 
 残る3軸目の回転であるz軸まわりの回転は、単純に考えればモノの輪郭を縁取る方向の回転、つまりモノが決して背面側を見せないような回転を観測者に与えてきますが、すでにx、yの2軸の回転の中にこのz方向は含まれていますから、この第三軸回であるz軸まわりの回転はz軸まわりの回転というよりも、x、y、z軸をすべて等化するような回転となっていると考えられます。ここは少し分りにくいでしょうから、図を使って丁寧に説明してみます。

 通常、第三軸目に当たるz軸まわりの回転は今いったように、観測者の方向に直立した方向を軸とする回転に見なされがちです。しかし、図3からも分るように、x軸とy軸、2軸の回転によってすでに点球の内部には3次元性の空間が出来上がっています。というのも、x軸の回転で半径部分は円板を作り、今度はy軸の回転でその円板を回転させ、球体自体が出来上がってしまうからです。この時点で球体の内部にはすでにx、y、z方向を含んでいるわけですから、第三軸であるz軸まわりの回転とは実はx、y、z方向を全く別の方向に取りまとめる回転となっているのではないかと考えられます。このことは下図4に示すように、球空間内部のx、y、z方向を観察者から見て「水」の字形に見えるような配置に置くと分りやすくなります。
 
554_2
  
 観測者がこの位置から点球の回転を見ると、(x、y、z)と(-x、-y、-z)が回転によって入れ替わるのが分ります。ヌーソロジーでは、この入れ替わりを右手系と左手系の対称性が作り出されている回転と解釈します。つまり、点球の3次元性を射影平面として見なせる方向があると考えるわけです。この回転によって(x、y、z)と(-x、-y、-z)が入れ替え可能になるということは、点球が作る球空間自体の相互反転性の等化になっているということ同意です。このことは、第三軸の回転が4次元性に方向を作り出す負荷のような働きをしているということになります。この方向はちょうど物体の角運動量ベクトルのような形で点球の球面を貫き、次の垂子を覆う球面上の一点へと出てきます。ここはモノを回しても回しても微動だにしない場所、点球の球空間にとっては無限遠点とも呼んでいいような場所、つまり観測者の位置になります。人間の外面においてはそこはモノの背景面のことであり、人間の内面側ではそれは視点と呼ばれているものになります。ヌース(旋回的知性)のψ3への侵入とその反映です。

 もちろん、これらの話はすべてヌーソロジーの仮説です。第三軸の回転によって4次元性と連結を持つというところは、数学的に言えばSO(3)を綜合したものが4次元の線分となるということを意味しますが、このことが実際に数学的に証明できるかどうかはよく分りません。しかし、モノと視線の間にはモノをそのまま反転させて見せるようなトリックが仕掛けてあるのは、ネッカーの立方体などでよく知られていることです(下図5参照)。
 
555
 
 人間の視覚にどうしてこのような錯覚が起こるのかその原因はよく分っていないと言われていますが、これはヌーソロジーの観点から言えば、垂子における人間の内面と外面の分岐が反映されているものと解釈されます。

 以下、ψ3~ψ4、ψ5~ψ6、ψ7~ψ8のへの拡張もすべて同じ法則性で構造化されていきますので、皆さんも、この三つの次元観察子の階層にわたっての実地検証にトライしてみるといいでしょう。観察子構成のためのいいトレーニングになると思います。参考までにその全体像を図示しておきましょう(下図6)。
 
55_6

 何とも壮観な図です。この図から、人間の意識に表相として出現してきたヌースがスピンを多重化させていきながら、次々と次元を上昇させていく様子が想像できます。この4重の正六面体・正八面体の内接・外接構造が作り出す次元発展のトポロジカルな規則性ヌーソロジーが「プラトン座標」と呼ぶものです。ヌース(旋回的知性)の上昇の仕方がいかに単純なものであるかが分かるでしょう。点球を3軸回転させ垂子の半径に接続し、今度はその垂子の半径を3軸回転させ垂質の半径を作り、次に垂質の半径を3軸回転させて球精神の半径(スピノール)へと至る。最後はこの球精神の半径を3軸回転させて……という3軸回転の四重機構を持ってヌース(旋回的知性)は活動しているのです。皆さんも、皆さんの意識の中に内在しているこのヌースの上昇ルートを是非、追いかけてみて下さい。

――つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »